哲学の中庭

…と、真理の犬たち

知への愛ではない、愛とは知りたいということ

哲学対話をすると、

わからないことが余計に増える。

 

けれども、いろんな問いが、

みんな深いところでつながっている、

ということはわかる。

そんなことをつくづく感じた

哲学カフェの日だった。

 

「恋愛感情は必要か?」

「人としてなくしてはいけないものは何か?」

「生きている価値とは?」

リテラシーとは?」

「気づきとは何か?」

「夫婦とは何か?」

「哲学とは何か?」

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めぐろ哲学カフェでは、

あえて問いをしぼらずに、

1つの問いから対話を始めながらも、

問いどうしのつながりを

意識しながら対話を進めていく

ということをするときがある。

 

恋愛では、相手のことを知りたい。

哲学は、知ることへの愛。

リテラシーの根底にあるのは、

知りたいということ。

 

知りたい。

それが阻害されるから、

満たされないから、

おかしなことになる。

 

ということは、

それは必要なのだろうか?

なくしてはならないものなのだろうか?

 

知りたい。

どこまで知りたい?

 

 

 ボーロ